ベートーヴェン

ベートーヴェン「熱情」

うっかりNHK「名曲探偵アマデウス」を見てしまった。
http://www.nhk.or.jp/amadeus/index.html

今回やっていたのは第68回ベートーベン「熱情」
http://www.nhk.or.jp/amadeus/quest/68.html

確かに、こんなにすごいピアノ曲はないと思う。その謎についていくつか明かしてくれた。
(1)9度の和音(9度っていうと不協和音なわけだけど、当時許されるぎりぎりの和音だったようだ)
   実際、この9度の和音を聴いたときのドキドキ感はすごいものがある。
(2)当時のピアノの音域全部を使い切っている。
   というか、当時発売された最新の全音域を使い切っていたそうな。そりゃ驚く。
(3)推敲が半端じゃない。
   特に、最後の17小節は改訂されたことで名曲となれたようだ。
   2オクターブ下で安定したエンディングならあのトキメキはなかろう。

これを弾いちゃうピアニストもすごいものだ。

ベートーベンはこの曲を書いてから4年間ピアノソナタは書いていないってのもなるほど・・・。
最近流行の「やりきる」というのは確かにこの曲においては言えていると思う。




テレビでは「清水和音」が弾いていた。
清水和音というと、俺様ピアニストっていう印象が強い。
昨年、小曽根真との共演をヤマハホールで観て、ちょっと印象は変わった。
今日の演奏は、なんか、秘めたる熱情がこもっていてちょっとぐっときた。

熱情で感動したのは大学生時代(だからかれこれ25年とか昔・・・)NHKホールでポリーニのピアノリサイタルで聴いた演奏だった・・・。あのホールで、音の大きさにびっくりした。テクニックにびっくりした。曲も勿論すごかった。あんな経験はもうできないんだろうなと思う。



リストだってこんなすごいのは書いていないと思う。そんなときめくピアノ曲というと、シューマンのP協なんかも当てはまる。あれもあまりに格好よすぎて、そして、初めて聴いたのは「ウルトラセブン最終回」なわけで、あの使い方を観るとそりゃはまってしまう。LPレコードで聴いたシューマンのP協はリパッティのLPを買って聴いた(確か1000円とかで買えるシリーズがあってそれを買った)。記憶が確かなら、白血病(と言われているがwikipediaによるとリンパ腫らしい)で、告別演奏会(なんと、それはCDになっている)を行ったというこれまたすごい逸話を聞いたことがある。確か、何曲か弾く予定されていたのだけど、全曲は演奏できなかったとか・・・。そんなことを思いながら聴くと曲の感動がまた広がるというものだ。


9の呪い

ベートーベンが交響曲10番を作れなかったということがあって、
ベートーベン以上の作曲家は登場しない=10番の交響曲は書けない。
という逸話がある。
実際、ドボルザークは昔「新世界より」はドボコン(9番)と言われていた。
シューベルトも昔は未完成が9番と言われていた。
マーラーは9番を書くのが怖くて、8番の次に「大地の歌」という番外を作っている。で、安心して9番を作って、10番作りかけているところで亡くなっている。
ブルックナーも9番で力尽きている。
そして、ブルックナー9番はあまりに壮大なシンフォニーであるが、他の1〜8と異なるのは「改訂版はない」ということも特徴であり、第4楽章があるものは聴いたことがない。



しかし、第4楽章がついているCDというのは散見される。
朝比奈隆はブルックナー(代)
番は難しいと演奏会プログラムにコメントしていたのを記憶している。確かに、3楽章で終わってしまう中途半端感はかなりバランスの悪さを感じる。
7番は、見事なまでにアダージョ楽章(第二楽章)から立ち直る様に、エネルギーがみなぎってくる感じが「いい」。
8番は、緩徐楽章からフィナーレに向けてのカタルシス感がなんとも爽快だ。
9番は、3つの楽章の絶妙なバランスで消えゆく3楽章・・・。名演奏に出会ったことはないけど、なんかいい感じ。
もっとも、これから第4楽章をどうするんだ?という感じもしないでもない。ブルックナー第8番が第3楽章で終わってしまったらたまらない「中途半端感」があるのは間違いない。なんで9番はそれを許すのか、確かに不思議な気分にはなる。

で、実際「9」という数字には何やら魔力が、呪いがあるんのろうか?
興味は尽きない。

補筆:
ブルックナーの9番には「改訂版」はないが「ノヴァーク版」「原典版」などの違いはあるようでその差は殆どないようではあるが