心中天網島

谷賢一脚本
デヴィッド・ルヴォー演出
ETERNAL CHIKAMATSU
を観劇して、見てみたいとおもった。

そして、気になってのは
「鑓の権三」

へと続くことになる。

びっくりしたことは、
ほぼ、「ETERNAL CHIAKAMATSU」が「映画 心中天網島」と同じってこと。
そりゃ、原作同じなんだからそうでしょうということなんだけど。
やっぱり、1969年の映画、当時キネ旬で一位だったとしても「古くさい」
よく、学生が「白黒映画」を「古くさい」と言うのを「鼻で笑っていた」私は、愕然とした。
(同じ感想を持ったから)

まさか、こんなことなんだとちょっとショックを受けている。
やはり「作り直す」ということは大事なのかもしれない。

当時としては斬新な手法だったんだろうけど、
今となっては使い古された技法にしか見えない。

・メイキングが冒頭にあって、劇中劇的になっている
・セットであることを堂々と使っている
・黒子をそのまま画面に出している
 浄瑠璃感を出したかったのだろう。しかし、長塚圭史がやる登場シーン以外で役者が演技を見ているような
 そんな感じでもう一歩先を舞台は歩んでいる。

多分、歳をとったってことと、
数をこなしたってことで、
「古典」に新鮮さがなくなった。
「昭和」はリメイクされているということに気がついた
もちろん、
江戸時代が思った以上に暗い時代なんだということは、
「人情紙風船」を思い出したこともあって、
いや、実際、現代とかぶる途方もない絶望感は、今も昔も(元禄時代から)かわらないのかもしれない。
表現者はその絶望感を紡ぎ続けるしかないのか?
(私は表現者ではないけど)寂しい気持ちになった。

ブラックホーク・ダウン


http://ja.wikipedia.org/wiki/ブラックホーク・ダウン
アメリカは実はあまり戦争で勝っていない。
というか、戦争では何が「勝利」なのかよくわからない。

この映画は本当に長いこと見たいと思っていた映画だった。
理由は「アメリカ」が「戦争をする理由」と「戦争に勝てない理由」
の秘密が分かる気がしたから。
その一方で、地獄の黙示録は「戦争がナゼ起きるのか」を教えてくれた気がする。
(私の中の)結論としては

 一人の「米国民」そして「米国の自由を信じる者を救う為に多くの犠牲を払うことを厭わない。もし、その援護・支援というものをやめてしまうと米国の「自由と平等」を標榜した民主主義国家が根底から崩れること、そして、その維持のためにかくも入念なシミュレーションとオペレーションを行った上で、想定外の事故によってかくも悲惨な事態になる。本来「体勢」を整えるための「時間」があればいいのだろうけれど、戦闘状態ではそのような「猶予」は与えられない。
 アメリカンフットボールがナゼかくも魅力的で勉強になるかは分かった。戦争と違い「時間」が停まること。ルールがしっかりしていること。この2つに尽きる。勿論人を殺すこともない。アメリカンフットボールの場合もプレイヤー間の信頼関係がなければ何もできなくなってしまう。


「エアーウルフ」